午後6時40分。帰るつもりで閉じた手帳を、もう一度開く。

ChatGPTには、きょう何度目かの「もっと具体的に」を送った。

文章は変わった。けれど、上司に出せる資料にはまだ見えない。

これは、AIで会議資料を作る32歳の会社員を想定した場面だ。画面には十分な量の文章がある。それでも手が止まるのは、文章が足りないからだろうか。もしかすると、足りないのは「何がそろえば提出できるか」という判断の基準かもしれない。

01

「いい感じに」では、終点が決まらない

AIを使えば、下書きはすぐに届く。だからこそ、仕事もすぐ終わると思いやすい。だが、下書きができることと、相手に渡せることは別だ。「新サービスの提案をまとめて」と頼んだだけでは、誰が何を判断するための提案なのかが抜け落ちる。

営業先への説明なら、導入後の使い方が必要になる。社内の予算会議なら、費用や実施の条件を先に知りたい。どちらも整った文章にはできるが、使える場面は違う。読み手が決まらないまま表現を磨くと、直すたびに目的まで動いてしまう。

「もっと説得力を」「もう少し柔らかく」という修正も、目的があれば役に立つ。問題は、その変更によって誰のどんな疑問を解消するのか、説明できないまま続けることだ。出力の好みを探す作業には、提出できるかを判定する物差しがない。

同じ会社員の肩越しに見える、開いた無地のノートとペン、奥のノートパソコン。AI生成写真。
入力の前に、相手と仕事の終点を考える。AI生成イメージ
02

先に、受け手の判断から逆算する

たとえば、部長に新サービスの試験導入を提案する資料を作るとしよう。以下は手順を説明するための架空の事例だ。依頼を「提案資料を作って」で止めず、「部長が、試験導入に進むかを判断するための資料」と置き直してみる。

次に、完成の条件を決める。結論、費用、期待する効果、懸念点、判断してほしいことが1ページに収まっていること。数字には出典があり、まだ調べていない項目は「未確認」と分かること。ここまで決まると、AIへの依頼にも、出力を読む自分にも同じ基準を渡せる。

入力するなら、こう書ける。「部長が新サービスの試験導入の可否を判断するための、1ページの提案資料を作ってください。結論・費用・期待する効果・懸念点・判断事項の順に構成。添付した確認済みのメモだけを使い、不明な数字は補わず『未確認』と記載してください」。

違いは、指示の長さではない。「部長」「導入の可否」「必要な項目」という、受け手と用途と完成条件があることだ。OpenAIの公式ガイドも、目的、文脈、出力の形式や長さ、制約を明確にする考え方を示している。ただし、それは、この手順で残業が減ると実証した資料ではない。

THE BRIEF / 指示の比較

増やすのは、言葉より判断の基準。

同じ「提案資料」でも、先に決めることが違う。

BEFORE

印象で頼む

「新サービスの提案資料を、
いい感じにまとめて」

誰に
決まっていない
何のために
決まっていない
完成の条件
決まっていない

修正の方向を、その都度考える。

AFTER

完成から頼む

「部長が試験導入の可否を
判断できる資料に」

誰に
判断する部長
何のために
試験導入の可否を決める
完成の条件
結論・費用・効果・懸念点・判断事項を1ページに。数字に出典、不明点は「未確認」。

不足を、条件に照らして確かめる。

編集部による説明用の架空例。成果や作業時間の差を実測した比較ではありません。

この依頼で効果の欄が空いたなら、次にするのは言い換えではなく、根拠になる情報を探すことだ。費用と懸念点がそろっていても、部長に何を決めてほしいかがなければ、そこを補う。修正の理由を、文章の印象から資料の役割へ戻せる。

完成条件は、自分だけで仮決めするより、依頼した相手と共有できると扱いやすい。「今回は試験導入の判断まででよいですか」と確かめれば、本導入の計画まで作り込む必要があるかも見えてくる。AIに説明する前に、人と仕事の範囲をそろえる工程だ。

同じことは、会議の議事録にも当てはまる。「きれいに要約して」では、発言の流れを残すべきか、決定事項だけを拾うべきかが曖昧だ。「欠席者が次の作業に着手できるよう、決定事項と担当者、期限をそろえる」と決めれば、抜けている情報を見つけやすくなる。

03

明日の一件は、一文から始める

もちろん、完成条件を書けば一度で正解が出るわけではない。OpenAIの技術資料でも、生成内容は非決定的だと説明されている。形式が整っていても、数字の根拠、前提の食い違い、結論の妥当性は人が確かめる。基準は、確認を省くためではなく、何を確認するかを絞るために使う。

探索が目的の仕事なら、最初から結論を固定しなくてもいい。「打ち合わせで検討する案を3つ出し、それぞれの懸念点を添える」でも、その段階の完成条件になる。情報が足りず決められないなら、未確認の点を残したまま相談できる形を、いったんの終点にすればよい。

途中で依頼の目的が変わったときは、完成条件も書き直す。「もう少し詳しく」の背後に、読み手の変更や新しい判断事項が隠れていないかを見る。古い条件に合わせて文章だけを直し続けるより、いま必要な成果物を確かめるほうが、次の修正を具体的にできる。

明日、AIに任せる仕事を一つ選び、入力欄の最初にこの一文を書いてみてほしい。「これは【誰】が【何を判断・実行】するためのもの。【何がそろった状態】なら完成」。先ほどの資料なら、「部長が試験導入の可否を判断するためのもの。費用・効果・懸念点と判断事項が、出典付きで1ページにそろえば完成」だ。

出力が届いたら、その一文に照らして読む。足りない情報を補う。条件を満たしていれば、相手に渡す。新しい案が思い浮かんでも、今回の目的に必要かを先に考える。午後6時40分の「もう少し」を止めるきっかけは、次の指示ではなく、最初に書いた一文にある。

出典・制作について

  1. OpenAI, “Prompting” ↗

    目的・文脈・出力形式・制約の整理について参照。

  2. OpenAI, “Prompt engineering” ↗

    生成の非決定性について参照。

確認日:2026年11月7日。本文の仕事場面・資料は説明用の架空例です。本記事は業務改善の考え方を提案するもので、時間削減の実測結果を示すものではありません。写真はすべてAI生成。図解とSNS表紙の文字はHTMLで制作しています。